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16年の月日

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地震からもう16年も経つ。
忘れっぽい僕でもこの日の事はいまだに鮮明におぼえている。
中学2年の夢と希望に満ち溢れた少年。
この時期の少年と言う者は正月が明けると同時に「今年はすっごい事やったるねん!」と根拠の無い自信とやる気が目に見てわかるものである。
毎日が楽しかった。
根拠は無い。
部活が嫌いだった。
やはりそれも根拠は無い。
今思うとありふれた年の始まりである。

そんな時に起こった大震災。
神様はなぜこんな事をするのかとこの時は本気で聞いた。
神様の答えは「根拠は無い」だった。

前日の夜、小さい地震があった。
4つ上の姉が「なんか大きい地震がきそうやな」とつぶやいた。
ひとり外に出てみた。
近所の犬や野良犬がいつも以上に吠えているように思えた。
空を見ると暗い夜空に大勢の鳥が羽ばたきどこかに向かって飛んで行った。
一つの鳥の群れが消え去っては次の鳥の群れがまたどこかに消えていく。
30分程ぼーっと空をながめていたが体が冷え切ってしまったので家に入った。
就寝に向けてのいつもの工程をすまし「明日は何やろうかなぁ~」と考えている途中で寝てしまった。

AM5:46
パッと目が覚めた。
真っ暗な部屋。
手塚治が考えた「シーン」の文字が見えるぐらいに静まりかえっている。
何も考えていなかったが不安な気持ちだけが胸を圧迫している。
その30秒後。
耳の鼓膜の内側からドーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!!!!!!!!!!!!!!!
と音がした。
寝起きでぼーっとしている所に今まで体感した事の無い音と揺れで何がなんだか訳がわからずとにかく「あー、あー、あー」と声だけが出た。
母と姉の悲鳴が聞こえる。
テレビやタンス、食器やガラスが雨の様に降ってきた。
数十秒の出来事が10分ぐらいに感じた。

おさまった。
隣りの父の布団をみた。
この部屋で一番でかいタンスの角がその枕に突き刺さっていた。
その光景を見た瞬間「絶対死んでる」と思った。
その次の瞬間。
「わしはココや~」と風呂場から父の声がした。
「どんだけ早い朝風呂やねん!」と突っ込む余裕もなく、もちろん父は僕の新品のTシャツをズボンのようにはき、みんなで外に出た。
台所がやけにぬれていたがその時はなんにも気にならなかった。

水も出ない、電気もつかない状態。
小学校へ避難する事にした。
校庭には車がぎっしり、体育館は人でぎっしりだった。
体育館の空いてるスペースを探し出しそこに座った。
するととなりの一家の一人が突然「魚くさい」と言い出した。

僕の父はいつもタイミングが悪い。
父は月に1回、気まぐれで料理をつくる。
今回はブリ大根を作った、、、、、、、、、、、、、、、、大震災の前日に。
台所がやけにぬれていたのがそのブリ大根である。
非常にタイミングが悪い。
先に言っておこう、水は3日間出なかった。
足の裏を見た、、、、、、、、、、、、、、、、、、ブリだ。
体育館のいろんな所から「くさい」「魚くさい」と次々に聞こえてくる。
もちろん僕の一家も「魚くさい」と一緒になって言わせてもらった。

1月のブリの旨いこの季節。
ブリ大根を見るたびにあの日の事を思い出す。
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プロフィール

DJ Monchi

Author:DJ Monchi
兵庫県明石市出身。
中学校の放送委員の時に「人に音楽を聴かせる喜び」を覚える。
17歳の時にターンテーブルを購入し、その後神戸にて「THC CROWN」のDJとして参加。
20歳に単身東京へ移住後、様々なジャンルのイベントへ参加。
HIP HOPのフィルターを通した土臭い選曲でオーディエンス、著名アーティストの心を掴むと、2003年には自身集大成的なイベント
「COMPILATION」を旗揚げする。
その後も様々なイベントやアーティストから影響を受けジャンルの幅を広げる。
2010年からは、茅ヶ崎に移り住みサーフィン三昧の生活を送りながら、茅ヶ崎駅南口から徒歩5分にある古道具のお店「CIRCUS」さんの奧のスペース「Penguin Coffee Orchestra」と言うカフェで「近魚寿司」と言う屋号で寿司ランチを出させて頂きました。
2012年からは、地元への愛が大きく膨らみ神戸、明石に戻ってきました。

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